
正しくはデモクラティックスクールを訪問して来た。
旅の前日、久々に人前で号泣してしまった。
コイツは本当に頭が悪い。肝心なことに気が付くのは、
いつも手遅れになってからだ。
大した才能もなく、大した努力もせず、
他人に嫉妬して、他人に依存して、
いじけた態度を晒しては、どんどん腐って行った、
そんな日々の欠片が、グサグサと胸に突き刺さった。
何年も支え続けてくれた人達に対し、
コイツは何一つ、恩返しになるようなことができていない。
形で、結果で、数字で示さなければ、
感謝してないも同然になってしまう世界。
だからと言って、これから先、
何千、何万といった人達のニーズに応えられる自信もない。
思い出すと不快な出来事ほど、鮮明に憶えている。
それは、二度と同じような過ちを繰り返すまいとして、
なのであろうが、そんな過去にばかり目を向けていると、
とても絶望的な気持ちになってくる。
苦しくなると、もっと苦しかった時の記憶が甦る。
死にたくなんかないけど、死ぬべきなんじゃないかと、
死ななきゃいけないんじゃないかと、
そんな風に感じだしてしまうような記憶が。
これまでの自分なら、そこで自暴自棄にならずにはいられなかった。
自らの腕を切りつけたり、好きでもない相手に身を委ねたり、
スタジオから脱走したきり連絡を絶ったり、
メンバーに金を投げ付けたりしたこともあった。
マイナス思考でひねり出した結論すら、正解だと決め付け、
大切にすべきものから逃げ出す理由にすり替えていた。
虚無感や孤独感に耐えきれず、すぐに戻りたくなるくせに、
ずっと強がっていた。どこか強がってきた。
だけど、その日は泣けた。泣きながら話せた。
一時期からコイツに関わるのが嫌で嫌でたまらなかったという人を前に、
ブサイクな面して、鼻水まで垂らして、とことん素直に。
また迷惑をかけてしまったと思い、
うつむいたコイツを、その人は抱き寄せてくれた。
涙の成分が、悲しみとは違う何かに変わった。
それは嬉しさではなかった。でも、勇気に繋がる力を持っていた。
まだ腫れの引ききらぬ瞼のまま、最寄り駅近くまで到着。
大阪や神戸には、以前、友人と訪れたことがあった。
それは、94年と95年を跨ぐ冬休みのことだった。
地元に帰って3週間ほど経った頃、あの大きな地震が起こった。
そう、阪神淡路大震災。
ほんの少し前に間近で見た景色の変わり果てた姿が、
連日テレビ画面に映し出されていた。
この日は、あれからちょうど12年目だった。
続きは、気が向いたら。
