11/24は、世田谷区のフリースクールを訪問して来た。
今回の場所も、前回と同じく、民家の一室。
代表のTさんと、9人の若者(今回は成人ばかり)と、
一つのテーブルを囲み、一緒に晩御飯。
こんなに集まるのは珍しいらしく、
Tさんの提案で、一人ずつ自己紹介をしてもらうことに。
『時は世紀末〜』を読み、共感を覚えたというRちゃんは、
長く続いた引きこもり生活の中、
母親に暴力を振るってしまったこともあったらしい。
でも、その母親がある日、号泣していた自分の姿を見て、
「そんな可愛い顔して…」と微笑みかけてくれた時、
私は本当に愛されてる、この人さえ愛していてくれればいいと思えたと、
涙ながらに語ってくれた。
また、彼女はそれ以前に、恋愛に関する悩みも打ち明けてくれていた。
自信が持てず、常に失うことを恐れていて、
何度も絆の強さを確かめようとせずにいられない、
真剣になるほど病的になってしまう…
コイツにも似たような経験があり、痛切に響いた。
例えば、しばらく恋人と連絡が取れない期間があったとしよう。
あれこれ心配になる。それは仕方ない。
ただ、いざ久々に連絡が取れた時、「なんで連絡くんなかったの!?」
「どうせ他に好きな人できたんでしょ!!」などと怒り狂ってしまうのと、
「ずっと声聴きたかったんだ、ありがとう」といった具合に、
感謝の気持ちを伝えるのとでは、どちらが相手を愛せてると言えるだろう。
相手はどちらが愛されてると感じられるだろう。自分だったらどうだろう。
そんな話をした。そして、お母さんの話をしてもらった後、
自分自身に言い聞かせるように、こう付け足した。
Rちゃんも、Rちゃんのお母さんのように、
人を愛してみたいと思わない?
Rちゃんのお母さんが、Rちゃんを愛してくれたように、
今度はRちゃんが、誰かを愛せるといいよね
ハッとしたような表情を浮かべ、一段と潤んだ瞳で、深く頷いたRちゃん。
彼女は別れ際、改めて握手を求めてくれた。本当に話せて良かったと。
それはこっちのセリフである。
忘れたくないことを思い出させてもらった。
ある子が数年前に女子校で受けたというイジメの話は、
現代のイジメの深刻さを浮き彫りにすると同時に、
自身の認識の甘さを思い知らせるような内容だった。
休み時間、複数の子に服を引っ張られ、トイレに行かせてもらえない。
授業中に行きたくなり、教師に申し出ると、それをクラス中の子達が笑う。
今日は生理かと下着を脱がされ、その姿を写真に撮られバラまかれる…
さっきまで楽しそうに手料理や自作の漫画を紹介してくれてた彼女の表情が、
別人のように険しくなっていた。でも、彼女は話を続けてくれた。
時に激しい口調で、隣にいたコイツに詰め寄るような姿勢で。
度々それを「ごめんなさい」と詫びる声が、胸の奥を締め付けた。
彼女は弱くなんかない。優しいのだ。優し過ぎるくらい。
程度の違いなんて関係ない。コイツは彼女を苦しめた連中と同類だった。
一人じゃビビって何もできないくせに、
集団になると、途端に強気になって、非情になって、
気に食わない相手を、とことんまで追い詰めようとした。
どんなストレスを抱えていたとしても、
それは決してやるべきことじゃない、やっていいことじゃなかった。
触発されるようにして、みんなの前で初めて、
いじめられていた過去を打ち明けてくれた子もいた。
「雑巾を投げられたりしたこともあった…」
一際元気で明るかった彼女の目から、大粒の涙が溢れだした。
「やっと言ってくれたよ」と、彼女の親友・Kちゃん。
「いつも私の話ばっか聞いてくれて、自分の話、全然してくれないんだもん」
Kちゃんの目も涙ぐんでいた。
「アタシがんばった」
「うん、よくがんばったね」
代表のTさんも、とても嬉しそうだった。
そんな場面に立ち会えて、なんだかかたじけなかった。
ここに通いだすまでのそれぞれのエピソードは実に豊富で、
全員の話を聞き終える前に終電の時刻が来てしまったが、
不登校や引きこもりと一言で括っても、
そのキッカケは本当に様々なのだと実感。
吐き出して、吐き出して、吐き出すばかりで、
空っぽになりかけていたコイツ。
でも、この旅を始めてから、行く先々での一つ一つの出会いが、
これまでとは違う表現衝動に繋がっている。
他人を憎み、責め続けても、とても虚しかった。
だからと言って、自分を憎み、責め続けても、とても虚しかった。
それだけでは、とても虚しかった。
あれこれ考え込んだり論じ合ったりするより、動けるだけ動いて、
少しずつでも、人を愛せる心を育んで行けたらと思う。
そして、心を愛せる人になりたいと思う。
2006年11月24日
〔05〕in 東京
posted by コイツ at 00:00| 【旅日記】2006年10月〜
