2006年10月14日

〔01〕in 岡山

10/14は、岡山のフリースクールを訪問して来た。

今年の夏、全国に230ヵ所ほどある、
不登校や引きこもり経験者を支援している施設に、
自身のCDや書籍を配布させてもらったところ、
続々とお礼の手紙やメールが届き、
各地に一人で歌いに行こうと思い立った。
しかし、自分は弾き語りってやつができない。
いつも理想とする音を奏でてくれる人達が傍にいたし、
これまでは、あまり必要性を感じなかった。
よし、この機会にできるようになったろうじゃない、と、
知人に貸してもらったギターで練習しだすも、
やはり最初は指先や手首が痛むばかりで、何度も投げ出しそうに。

そんな中、そのフリースクールから手紙が届いた。
自身の作品をとても気に入ってくれた子達がいること、
そして、肺の病により、余命いくばくもないと宣告されながらも、
高校卒業の資格を取るべく、
頑張って勉強している子がいることなどを知った。
その子達に会いに行きたい…。すぐに返事を書いた。
それが実現したのが、この日だったというわけだ。

70afff5f.jpg岡山駅の改札まで出迎えに来てくれたのは、
理事長さんと、生徒の一人である16歳のMちゃん。
「死角」と「36.5℃」が大好きだという彼女の腕には、
刃物で切りつけたと見られる幾つもの傷痕。
精神薬の多量服用もやめられずにいるらしい。

理由はあえて聞かなかった。
そんな風になりたくてなったんじゃないことは判る。
ただ、今どんなものに興味があるか、
この先どんなことがしてみたいかだけ訊ねた。
服飾関係の仕事に就きたいと話してくれた彼女の目は、
とても輝いていた。

ボード二人に案内され、スクールへ到着すると、
ホワイトボードに、可愛いイラストとともに、
「welcome 伊吹留香さん」との文字。
徹夜明けの荒れた肌に小汚い身なりで来てしまったため、
込み上げる嬉しさに、若干の申し訳なさが混じった。

そこでは特に何をすると決めていたわけでもなく、
待っていてくれた生徒さん達と軽い挨拶を交わした後、
ふと、こんな話を切り出した。

 この中で、イジメに遭ったことある人、いるかな?

じっと真剣な眼差しを向けている子。
うつむき、居心地が悪そうにしている子。
誰一人、口を開こうとはしない。でも、続けた。

 自分は、いじめられたことはない。
 どちらかと言えば、いつも、いじめる側だった。
 でも、いじめられた過去があることより、
 いじめた過去があることの方が、
 ずっと恥ずかしい、カッコ悪いことだと思う。
 だって、なんでそんなことをしたか。
 自信がなかったから。
 自信を得るための努力が面倒だったから。
 自分よりも劣ってそうな子を探すこと、
 その子を見下すことで、
 自分は強い、偉いんだって言い聞かせてた。
 同じ子を嫌うことで、仲間との絆を確認したり。
 それは、弱い人間のやることだと思わない?

 いじめられる側にも原因があるとか、
 よく言うけど、それは本当に、
 そこまでしなきゃいけないほどのことだろうか?

 いじめる側の人間にとって、
 最も楽しいことは、苦しんでる相手を見ること。
 まるで動じずにいる子を前にした時、
 すごく虚しくなった。
 面と向かってや1対1では何もできない、
 自分の弱さを思い知った。
 それまでにどんな経緯があったにせよ、
 なんて恥ずかしい、
 カッコ悪いことをしたんだろうと、今でも思う。

そんな話を、何度も頷きながら聞いてくれていた女性がいた。
女性は涙ぐみながら、こんなことを言ってくれた。

 私の息子は、よく自殺せずにいてくれたな、というくらい、
 何年も酷いイジメを受けていました。
 今まで色々な方に慰めて頂きましたが、
 こんな風に、いじめていた側の生の声を聞けたのは初めてで、
 どんな慰めの言葉よりも、胸に響きました。

 いじめられている側の人間が、どんなに声を上げても、
 世の中を変えることはできそうにありません。
 でも、あなたのような人が、様々なメディアなどを通して、
 今日お話してくださったようなことを伝えて行ってくれたら、
 少し世の中が変わるんじゃないかと、希望を持てました。

自分には、大した才能も実績もない。
けど、伝えたいことはある。腐るほどある。
誰に叩かれても、見放されても、
きっと、伝えようとせずにはいられない。
細々とであっても、続けて行きたいと思った。
改めて、心から。

最後に、みんなの夢を書いてほしいと、色紙を渡した。
初めのうちは表情の硬かった子達も、その頃には、
笑顔を浮かべてくれるようになっていた。
そして、今度はギターを持って歌いに来ると約束し、
その場を後にした。

理事長さんとMちゃんとともに、次に向かったのは、
肺病と闘う16歳の男の子・K君の待つ家。
到着するなり、満面の笑みで迎え入れてくれた、K君のお母さん。
公式サイトで甘い物が好きだという情報を入手し、
ケーキまで用意していてくれ、
いささか恐縮しつつも、美味しく頂かせてもらった。

K君は、呼吸器ナシでは生活できない。
その日も終始、マスクを付け、
ソファーから動けずにいる様子だった。
発病したのは、中学2年生の頃。
それまでは、他の子達と同じように、
外で遊んだり、元気に走り回ったりできていた。
その苦しみは、とても計り知れない。
でも、彼はきっと、多くの人が気付かずにいる、
忘れがちでいる大切なことを、
その小さな全身で、日々、感じ取れていることだろう。
哀れむことも、称えることもせず、
ただ、お互いの好きなものについて話した。
愛読している漫画として、「ドラゴンボール」や
「ピューと吹く!ジャガー」の名が挙がり、
思わず興奮気味にマニアックな話に突入したり。

そう、全く違う運命を辿って来ても、
そんな風に、同じものを好きだと感じられる、
同じ気持ちを共有できることがあるのだ。

彼にも、今度はギターを持って歌いに来ると約束した。
握ったその手は、とても暖かかった。
彼は生きていてくれてる。
その手を暖かいと感じた自分も、生きていられてる。

時間は想像以上に早く過ぎて行き、
理事長さんとMちゃんと三人で、遅めの昼食を摂った。
あんなに笑っているK君を見たのは初めてだと、
感謝の上に感謝を重ねてくれる理事長さん。
スクールには、自分に会いたいがために、
数ヶ月ぶりに足を運んでくれた子もいたらしい。
本当に、ここまで来て良かったと思った。

帰り際、駅のホームまで見送ってくれた二人と、
固い握手を交わし、笑顔で再会を誓った。
そして、新幹線の中、茜色に染まる空を見つめながら、
10代の頃に書き残した、ある言葉を思い出した。

 悲しい時は悲しい、嬉しい時は嬉しい、
 それだけのこと。
 不幸な奴も、幸せな奴も、いやしない。
 上を見て途方に暮れることも、
 下を見て胸を撫で下ろすこともない。

なぜだか涙が溢れ、しばらく止まらなかった。

岡山色紙後日、預けていた色紙が届いた。
みんなの夢と応援メッセージがぎっしりと書き込まれた
それを傍らに置き、
今は毎日、ギターを弾いている。
posted by コイツ at 00:00| 【旅日記】2006年10月〜