どのみち今日でお別れだって思えば、何だって耐えられた。
事件以来、初の登校日。コイツは何事もなかったかのような顔で家を出た。
しかし、現実は、そんなコイツの後ろ姿を見失ってなどくれなかった。
全校生徒を集めて行われる朝会で、事件のことが話題になった。
学区内でそういった事件が起こった、皆さんも注意しましょう、そんな内容だった。
教室に帰ってからも、担任が、襲われそうになった時は、
とにかく大声を出すようにと、繰り返し呼びかけた。
中学に入ってからのコイツは、やたらと明るかった。
授業中、教師に授業とは全く関係のない質問をして、その進行を妨げたり、
問題を出され、高々と挙手しておいて、当てられると「解りません」と答えたり、
教室内が静まり返っている時に、卑猥な歌詞の唄を口ずさみだしたり……
そのうるささから、教師達にはよく、教科書などで頭を叩かれた。
中には、「オマエは絵にしたらこんなんじゃ!」と、
黒板に、目玉のついたスピーカーを描いてみせた教師もいた。
コイツはそんないつもの調子で、担任に言い返してみた。
「ねぇ、騒いだら殺すとか言われたら、どうすればいいの?」
それでも、大声を出しさえすれば、相手は怯むはずだとのことだった。
そのやりとりに不自然さはなく、「オマエは強いから平気だべー」
なんてツッコミを入れる男子もいたくらいで、
誰一人、コイツが被害に遭った張本人だとは気付かないようだった。
休み時間、噂好きな女子生徒達は、まだその話題を引っ張っていた。
「あれ、うちの学校の生徒だって話じゃん、誰だろう?」
「3年生なんじゃない?」
「あたしんちに警察が聞き込みに来たよ!
なんか、あたしんちのすぐ傍だったらしくて…」
「マジで!?」
「ねぇねぇ、みんな、痴漢にあったことある?」
「ないよそんなのー!」
コイツは試しに、自分が電車内であった痴漢の話をしてみた。
皆、それだけで引いた。この子達には、絶対に真実を明かすまいと思った。
自分一人だけ、別世界に追いやられたような気分だった。
だが、コイツは穏やかな表情を崩さなかった。
家族から離れている隙に、自殺をしようと心に決めていたのだ。
ただ一つ、ただ一つだけ、その決心を打ち砕いた物があった。
クラスメイトの一人・英治(仮名)への想いである。
英治は、入学当初から、
それまでに出会ったことがないくらいの美少年で、とても目を引いた。
当時、お互いB'zやBOΦWYが好きだった(そんな時期もあった)ことから、
二人はすぐに仲良くなった。
ホモ疑惑が囁かれるほど、女の子に対して冷たい態度を取りがちだった英治。
なのに、コイツと話す時は、いつも笑顔だった。
コイツは、男の子のそういう行動にめっぽう弱く、モテる相手だったため、
尚更に嬉しくて、そんな気持ちはいつしか、恋心へと変わっていた。
死んだら会えないと思った。会えるなら生きたいと思った。
何があろうと生きようと。
現実は、そんなコイツを許さぬように、
どこまでもどこまでも、コイツを付け回してきた。
テレビをつければ、毎日のように、似たような事件のニュースや、
ドラマのワンシーンなどが流れる。レイプという言葉は時に、
バラエティー番組の中で、笑い話に用いられることもある。
その度に、我が家の食卓の空気は凍りついた。
また、少しでもコイツの帰りが遅くなると、母親は、コイツがドアを開けるなり、
「大丈夫だった?」 と、血の気の引いたような顔で訊いてくるようになった。
どんなに忘れたくても、思い出させる物事が減ることはなかった。
数ヶ月後、検査が必要だからと、産婦人科へ連れて行かれた時には、
「殺されれば良かった!!」と、泣きながら、何度も何度も絶叫した。
激しく暴れるコイツを、複数の大人達が、無理やり診察台の上に押さえ付けた。
そこには警察も来ていた。
犯人は、捕まえたとしても、数年で社会に戻れるとの事実を知った。
<私は一生、一生この傷を癒せそうにないのに…>そう思った。
そんな法律変えてやろうなどとは、とても思えなかった。
犯人は後に、新たな被害者を生み、逮捕された。
その際に、コイツも告訴とやらをするよう求められたが、
無力感に打ちのめされていたコイツは、何もかも信じられなくなっていたコイツは、
それを断らずにはいられなかった。
人はそれを、「泣き寝入り」と呼ぶ。
他人を同じような災難から守るためですか?
そのために僕が犠牲になるんですか?
僕はそのために、それだけのために産まれてきたんですか?
親友が事故で亡くなったって場所に連れて行かれて、
「死にたいなんてバカなことは考えるな!」って、
涙ながらの説得を浴びた。
あのとき死ねてたら、こんな説得、浴びずに済んだのに。
僕はどれだけ責められればいいんだろう。
どこへ行けば、思いきり泣けるんだろう。
「ツライのはオマエだけじゃない、オマエよりもツライ人だっている」
そういう励まし方って、逆効果だって知ってた?
更なる痛みを防ぐため、やむなく胸に封じ込めた物は、
いつまでも消えずに、凶器へと変形しながら、
飛び出すタイミングを待ってる。
2002年12月23日
他人事
posted by コイツ at 00:00| U-16【回顧録】2002年12月〜2003年06月に連載。
