2002年12月23日

他人事

どのみち今日でお別れだって思えば、何だって耐えられた。

事件以来、初の登校日。コイツは何事もなかったかのような顔で家を出た。
しかし、現実は、そんなコイツの後ろ姿を見失ってなどくれなかった。
全校生徒を集めて行われる朝会で、事件のことが話題になった。
学区内でそういった事件が起こった、皆さんも注意しましょう、そんな内容だった。
教室に帰ってからも、担任が、襲われそうになった時は、
とにかく大声を出すようにと、繰り返し呼びかけた。

中学に入ってからのコイツは、やたらと明るかった。
授業中、教師に授業とは全く関係のない質問をして、その進行を妨げたり、
問題を出され、高々と挙手しておいて、当てられると「解りません」と答えたり、
教室内が静まり返っている時に、卑猥な歌詞の唄を口ずさみだしたり……
そのうるささから、教師達にはよく、教科書などで頭を叩かれた。
中には、「オマエは絵にしたらこんなんじゃ!」と、
黒板に、目玉のついたスピーカーを描いてみせた教師もいた。

コイツはそんないつもの調子で、担任に言い返してみた。
「ねぇ、騒いだら殺すとか言われたら、どうすればいいの?」
それでも、大声を出しさえすれば、相手は怯むはずだとのことだった。
そのやりとりに不自然さはなく、「オマエは強いから平気だべー」
なんてツッコミを入れる男子もいたくらいで、
誰一人、コイツが被害に遭った張本人だとは気付かないようだった。

休み時間、噂好きな女子生徒達は、まだその話題を引っ張っていた。
「あれ、うちの学校の生徒だって話じゃん、誰だろう?」
「3年生なんじゃない?」
「あたしんちに警察が聞き込みに来たよ!
 なんか、あたしんちのすぐ傍だったらしくて…」
「マジで!?」
「ねぇねぇ、みんな、痴漢にあったことある?」
「ないよそんなのー!」
コイツは試しに、自分が電車内であった痴漢の話をしてみた。
皆、それだけで引いた。この子達には、絶対に真実を明かすまいと思った。
自分一人だけ、別世界に追いやられたような気分だった。
だが、コイツは穏やかな表情を崩さなかった。
家族から離れている隙に、自殺をしようと心に決めていたのだ。

ただ一つ、ただ一つだけ、その決心を打ち砕いた物があった。
クラスメイトの一人・英治(仮名)への想いである。

英治は、入学当初から、
それまでに出会ったことがないくらいの美少年で、とても目を引いた。
当時、お互いB'zやBOΦWYが好きだった(そんな時期もあった)ことから、
二人はすぐに仲良くなった。
ホモ疑惑が囁かれるほど、女の子に対して冷たい態度を取りがちだった英治。
なのに、コイツと話す時は、いつも笑顔だった。
コイツは、男の子のそういう行動にめっぽう弱く、モテる相手だったため、
尚更に嬉しくて、そんな気持ちはいつしか、恋心へと変わっていた。

死んだら会えないと思った。会えるなら生きたいと思った。
何があろうと生きようと。

現実は、そんなコイツを許さぬように、
どこまでもどこまでも、コイツを付け回してきた。
テレビをつければ、毎日のように、似たような事件のニュースや、
ドラマのワンシーンなどが流れる。レイプという言葉は時に、
バラエティー番組の中で、笑い話に用いられることもある。
その度に、我が家の食卓の空気は凍りついた。
また、少しでもコイツの帰りが遅くなると、母親は、コイツがドアを開けるなり、
「大丈夫だった?」 と、血の気の引いたような顔で訊いてくるようになった。
どんなに忘れたくても、思い出させる物事が減ることはなかった。

数ヶ月後、検査が必要だからと、産婦人科へ連れて行かれた時には、
「殺されれば良かった!!」と、泣きながら、何度も何度も絶叫した。
激しく暴れるコイツを、複数の大人達が、無理やり診察台の上に押さえ付けた。
そこには警察も来ていた。
犯人は、捕まえたとしても、数年で社会に戻れるとの事実を知った。
<私は一生、一生この傷を癒せそうにないのに…>そう思った。
そんな法律変えてやろうなどとは、とても思えなかった。
犯人は後に、新たな被害者を生み、逮捕された。
その際に、コイツも告訴とやらをするよう求められたが、
無力感に打ちのめされていたコイツは、何もかも信じられなくなっていたコイツは、
それを断らずにはいられなかった。

人はそれを、「泣き寝入り」と呼ぶ。


 他人を同じような災難から守るためですか?
 そのために僕が犠牲になるんですか?
 僕はそのために、それだけのために産まれてきたんですか?


 親友が事故で亡くなったって場所に連れて行かれて、
 「死にたいなんてバカなことは考えるな!」って、
 涙ながらの説得を浴びた。
 あのとき死ねてたら、こんな説得、浴びずに済んだのに。
 僕はどれだけ責められればいいんだろう。
 どこへ行けば、思いきり泣けるんだろう。


 「ツライのはオマエだけじゃない、オマエよりもツライ人だっている」
 そういう励まし方って、逆効果だって知ってた?


 更なる痛みを防ぐため、やむなく胸に封じ込めた物は、
 いつまでも消えずに、凶器へと変形しながら、
 飛び出すタイミングを待ってる。