2003年01月15日

転落

自分のことを棚に上げたら、棚ごとブッ倒れて来た。

上機嫌で廊下を歩いていると、やたらと視線を感じた。どれも白い目だ。
「アイツかわいそ〜」「ひっでぇ女」
かろうじて聞き取れた言葉は、いずれも彼の友達から放たれた物だった。
コイツと英治は、ひとまず互いの交際相手と別れる約束をした。
「英治は男の俺から見てもカッコイイもん、しょうがないよ」
コイツが現状を報告した時、彼はさほどショックを受けた様子ではなかったのだが、
そういった余波を受けると、どうやらそうでもなかったということが判り、
ますます気分が良くなった。

コイツは四六時中、英治のことを思い浮かべては、悦に入った。
何も苦しくなどなくなっていた。
誰に会っても、英治のことを話さずにはいられなかった。
もちろん、佳奈にもたっぷりと話してやった。
英治も、すぐに彼女と別れてくれた。
が、それ以降英治は、コイツに会いに来なくなってしまった。
<ま〜た照れちゃってぇ…>最初はそんな風に思った。
しかし、次第に不穏な空気が漂い出していることに気付いた。
英治とコイツの共通の友人である男の子が、
コイツに対し、どこか後ろめたそうな態度でいるのだ。
そして、決定打と言わんばかりの、ある噂を耳にしてしまった。
英治が、コイツとは別の誰かに、交際を申し込んだらしい…
<そんなわけない、そんなはずない、だって…>
でも、それは事実だった。本人に問い詰めてみたところ、事実だと判った。
しかも英治は、その相手をどうしても「言えない」と言うではないか。
「誰なの?」「誰だろう?」コイツは男友達や仲間に聞き回った。
だが、誰一人それを明かそうとしない。皆、知っていて言わずにいるように見えた。
コイツはそこで、勘づかざるを得なかった。
ここまで人を支配下に置ける存在、それは、百合子しかいない。
でも、百合子は嘘をつくような子じゃない、嘘なんかつけない、
もしも百合子なのであれば、絶対に自分から話してくれる。
その百合子の口から出たのは、
「大丈夫! 英治はきっと戻って来る! 応援するよ!」という言葉だった。
百合子はコイツとしっかり目を合わせ、優しく肩を叩いてくれた。
<百合子じゃない、百合子ではない、じゃぁ、一体誰?>
英治から聞き出すのが一番だと思い、やや大げさに泣きながら追及した。
「チエ?」「いや」「ユキ?」「いや」考えられる知り合いの名前を、
次から次へと挙げて行ったものの、英治は一向に頷かない。
残ったのは、あの百合子だけ。まさかと思いつつ、その名を挙げてみた。
「百合子?」
「……うん」
「百合子!?」
「うん」
「あはは! やっぱぁ? 百合子超カワイイもんね!」
「うん」
「ありゃ私なんかじゃ敵いっこないわ!」
「うん」
──怒る気にすらなれなかった。

その日のうちに、百合子に電話をした。
「聞いたよ、本人から」
「あぁ……ゴメン」
「なんで言ってくんなかったの?」
「や……すごい好きだって聞いてたし、どうしても、言えなかった」
「でもさぁ」
「だからゴメンて言ってんじゃん!」

当時百合子には、百合子から告白して付き合いだしたばかりの彼がいた。
コイツは百合子がその彼に本気だったのを知っていたし、
それ以上責めるのはよした。
ただ、寂しくてたまらなかった。それからずっと、誰といても。
親友の好きな男の子に愛されちゃった女の子…主役はやはり、百合子だった。
仲間も皆、百合子に味方した。コイツはどこにいても、居心地が悪かった。

夏休みに転がり込んだ。音楽の宿題は、自由研究とやらだった。
コイツはガンガン曲を作り、それを1本のテープにまとめた。
弱冠14歳とは思えぬ完成度だったらしく、担当の教師は、とても驚いていた。
そして、「将来はシンガーソングライターになるの?」とのコメントをくれた。
コイツはそれまで、作曲なんて誰にでも出来るモンだろうと思っていた。
コイツにとって作曲とは、日常生活の一部に過ぎなかった。
コイツは“将来”という二文字に、胸が高鳴った。
とにかくこれは、このまま続ける価値がありそうな物だと思えたのだ。
健やかなる時も、病める時も。