「お母さんが、死んじゃった…」
受話器の向こうで泣いていたのは、由樹だった。
年が明けて間もない日の出来事だった。
由樹の母親は、毎年お正月頃になると、
リハビリとして、一週間ほど家に帰ることを許されていた。
その年も、初めのうちは寝込んでいるか
虚ろに一点を見つめているかといった感じで、
特に例年と変わった様子はなかった。しかし、日が経つにつれ、
「病院には帰りたくない」「生きてる心地がしない」などと溢す回数が増え、
その夜、「ゴミ捨てに行って来る」と言って、一人で家を出て行った。
由樹は胸騒ぎを覚えたものの、
本人がゴミ捨てだと言った以上、ついて行くのはどうかと思い、
5分か10分して戻らなかったら、迎えに行くことにした。
5分が過ぎた。戻らない。10分が過ぎた。戻らない。
由樹は近所にある2ヵ所のゴミ捨て場を見に行った。が、そこには気配すらない。
「お母さん、死ぬかもしれない…」由樹が親戚に電話をかけている間、
当時高1だった由樹の兄が、母親を捜し回った。
無論、父親とは連絡がつかない。
高速道路の上に架かる、高さ10メートルはあろう橋の上が、
何やら騒々しくなっていた。人集り…警察…
由樹の母親は、そこから飛び降り、トラック4台に轢かれ、すでに亡くなっていた。
身元確認をしたのは、由樹の兄だった。
母親の顔は、原形をとどめていなかった。
しかし、その遺体が身に付けていたジャンパーは、
由樹が最後に見た母親が着ていた物と一致した。
その一件は新聞に掲載され、それを読んだ仲間の一人(裏切りの挙手をした奴)は、
「あれ由樹んち!?」と、笑いながら由樹に電話をかけた。
由樹は「違う」と言い張った。
由樹はとにかく、誰にもそのことに触れてほしくなかった。
にも拘らず、近所の住民が勝手に学校へ報告し、
通夜には教師や話したこともないような生徒達が押しかけて来た。
3学期になってすぐに配られた校内の新聞にも、そのことは載っていた。
「2年○組の○○由樹さんの…」と、由樹に何の相談もナシにだ。
笑うしかなくなっていた由樹に、クラスメイトの男子が追い討ちをかけた。
「オマエ、親が死んだのによく笑えるな」──由樹はその日、早退した。
どこかで見たような光景だった。そう、小2の頃だ。
コイツにとっては2度目だった。
コイツを心から慕ってくれる子をこの世に産んでくれた人が、
自ら命を絶ってしまうという経験は。
複雑な気持ちだった。あの子の母親は、自分の体に火をつけた。
二人とも、よりによって、なぜそんなにも無惨な死に方を選んでしまったのか。
それほどまでに、自分が憎かったと言うのか。
あの子も由樹も、とても悲しんでいた。
だが、自らの意志で逝った母親を責めることなど、一切なかった。
母親はもう、充分に責められていたのだ。何よりも、母親自身に。
由樹は、悲しむ自分の方がワガママだと言っていた。
「あなたのためを思って」などと言いながら、
頼まれてもないことをドシドシとやった挙げ句、
見返りを求めるような奴とは大違いだ。
「優」という字は、「傷」という字と似ている。
コイツも由樹も、自分を「生きてちゃいけない人間」と思わずにはいられなかった。
でも、生きた。生きたから、出会えた。
2003年02月16日
一生モノの傷と、一生モノの友 〜後編〜
posted by コイツ at 00:00| U-16【回顧録】2002年12月〜2003年06月に連載。
