2003年02月16日

一生モノの傷と、一生モノの友 〜後編〜

「お母さんが、死んじゃった…」
受話器の向こうで泣いていたのは、由樹だった。
年が明けて間もない日の出来事だった。

由樹の母親は、毎年お正月頃になると、
リハビリとして、一週間ほど家に帰ることを許されていた。
その年も、初めのうちは寝込んでいるか
虚ろに一点を見つめているかといった感じで、
特に例年と変わった様子はなかった。しかし、日が経つにつれ、
「病院には帰りたくない」「生きてる心地がしない」などと溢す回数が増え、
その夜、「ゴミ捨てに行って来る」と言って、一人で家を出て行った。
由樹は胸騒ぎを覚えたものの、
本人がゴミ捨てだと言った以上、ついて行くのはどうかと思い、
5分か10分して戻らなかったら、迎えに行くことにした。

5分が過ぎた。戻らない。10分が過ぎた。戻らない。
由樹は近所にある2ヵ所のゴミ捨て場を見に行った。が、そこには気配すらない。
「お母さん、死ぬかもしれない…」由樹が親戚に電話をかけている間、
当時高1だった由樹の兄が、母親を捜し回った。
無論、父親とは連絡がつかない。
高速道路の上に架かる、高さ10メートルはあろう橋の上が、
何やら騒々しくなっていた。人集り…警察…
由樹の母親は、そこから飛び降り、トラック4台に轢かれ、すでに亡くなっていた。
身元確認をしたのは、由樹の兄だった。
母親の顔は、原形をとどめていなかった。
しかし、その遺体が身に付けていたジャンパーは、
由樹が最後に見た母親が着ていた物と一致した。

その一件は新聞に掲載され、それを読んだ仲間の一人(裏切りの挙手をした奴)は、
「あれ由樹んち!?」と、笑いながら由樹に電話をかけた。
由樹は「違う」と言い張った。
由樹はとにかく、誰にもそのことに触れてほしくなかった。
にも拘らず、近所の住民が勝手に学校へ報告し、
通夜には教師や話したこともないような生徒達が押しかけて来た。

3学期になってすぐに配られた校内の新聞にも、そのことは載っていた。
「2年○組の○○由樹さんの…」と、由樹に何の相談もナシにだ。
笑うしかなくなっていた由樹に、クラスメイトの男子が追い討ちをかけた。
「オマエ、親が死んだのによく笑えるな」──由樹はその日、早退した。

どこかで見たような光景だった。そう、小2の頃だ。
コイツにとっては2度目だった。
コイツを心から慕ってくれる子をこの世に産んでくれた人が、
自ら命を絶ってしまうという経験は。
複雑な気持ちだった。あの子の母親は、自分の体に火をつけた。
二人とも、よりによって、なぜそんなにも無惨な死に方を選んでしまったのか。
それほどまでに、自分が憎かったと言うのか。
あの子も由樹も、とても悲しんでいた。
だが、自らの意志で逝った母親を責めることなど、一切なかった。
母親はもう、充分に責められていたのだ。何よりも、母親自身に。
由樹は、悲しむ自分の方がワガママだと言っていた。
「あなたのためを思って」などと言いながら、
頼まれてもないことをドシドシとやった挙げ句、
見返りを求めるような奴とは大違いだ。
「優」という字は、「傷」という字と似ている。

コイツも由樹も、自分を「生きてちゃいけない人間」と思わずにはいられなかった。
でも、生きた。生きたから、出会えた。