2003年03月21日

発狂

一度ねじってしまった針金を、キレイに元通りにするのは困難だ。

「私やっぱ、あのまま殺された方が良かったかもしれない。
 じゃなきゃ、自殺するべきだった」
「何言ってんの」
「死んじゃえば、もうそれ以上、悲しむことも悔やむこともなかったわけだし…」
「や、なんかあるよ」
「イイこと?」
「うん」
「保証できる?」
「うん」
「ただのカンなんでしょ?」
「いや、それが当たるんだな」
「…ホントにケーベツしてないの?」
「してないよ。1回言えば分かるじゃん」
「だって、人間不信なんだもん」
「……」
「信じたいけどさ。オマエだけは」
「おぅ」
「…私、生きてる価値あると思う?」
「あるんじゃない?」
「ホントにイイことあんのかなぁ」
「おぅ」

夢を見ているような気分だった。
いつまた突き落とされてしまうのか、そればかりを考えるようになり、
弱音を吐きまくっては、「迷惑じゃない?」「もうイヤんなったでしょ」
などと繰り返す日々が始まった。
それでも英治は、コイツの話を聞き続けてくれた。

修学旅行中も、コイツは持ち前の愚かさを発揮した。
初日の夜、消灯時間を過ぎると、同室の女の子達が、
待ってましたとばかりに、ヒソヒソ話を始めた。
「みんな、好きな人いる?」
「いるよ♪」
「だれだれ?」
「だ〜れだ♪」
中3とは言え、周囲はまだ、そんな話題で盛り上がれるような子ばかりだった。
好きな相手とキスやSEXをしたことについて自慢げに語られたりするよりは、
遥かにマシだった。

ある子の好きな人は、当時コイツと仲の良かった男子だった。
小学校時代、泣かしてしまったことのある晴彦(仮名)である。
コイツは晴彦から、付き合いたいと思っている相手として、
その子とは別の子の名を聞かされていたため、
「向こうも好きだよ絶対!」といった具合に、
応援ムード一色になりかけていた所へ、
「私はススめられない」と、口を出さずにはいられなかった。
無論、その子はその理由を問い詰めてきた。
「何となく」などと言って取り繕おうとしたものの、
「私のこと、何か言ってた?」「聞かなかったことにするから!」と、
今にも泣きだしそうな声で繰り返されるうち、
かつての自分を思い出し、事実を話さざるを得なくなった。

翌日の夜、廊下で晴彦に呼び止められた。
「オマエ言ったろ」
「え?」
「アイツがオマエから聞いたっつってんだよ」
「…あぁ」
コイツは、あの子と晴彦がどんな関係にあったのか、そこで初めて察しが付いた。
晴彦はすでに、あの子から想いを告げられ、あの子に対し、
自分も同じ気持ちでいるかのように偽っていたのだ。他に好きな子などいないと。

胸くそ悪さを引きずったまま部屋にいると、
「ちょっと聞いてよー!」と、他クラスの女子がズカズカと上がり込んできた。
陰口大会の始まりだ。
槍玉に挙がっていたのは、かつての仲間の一人・智絵(仮名)だった。
「そんなにムカつくんなら、面と向かって言やぁいいじゃん」
そこにいた全員が、呆気にとられたような顔でコイツを見た。
「言えないんだったら、私が言いに行ってあげるよ」
誰の目にも不機嫌と判るような態度で部屋を出たコイツは、
智絵のいる部屋へ向かい、智絵を呼び出し、言われていた事柄の大半を伝えた。
言っていた当人達は、その様子を少し離れた所から見ていた。
「何やってんだよ、やめろよ」
智絵に想いを寄せる男子が止めに入った瞬間、頭の中で何かが切れる音がした。
「てめぇには関係ねぇんだよ!!」
よほど迫力があったのか、そいつはあっさりとその場を去った。
智絵の瞳は、涙ぐんでいた。体中から熱が込み上げてきたコイツは、
両手で智絵の首を掴み、壁に押し付けた。
「死ね…」
本気で殺してやろうと思った。そのまま殺せる勢いだった。
何の恨みがあるわけでもない、智絵を。
ハッとして辺りを見回すと、見守っていたはずの子達は姿を消し、
智絵のクラスメイト数人が、コイツ一人に冷ややかな視線を向けていた。

呼吸を整えながら部屋に戻ると、ドアの付近で、晴彦とあの子が口論していた。
あの子は全てコイツから聞いたと、晴彦はコイツの言ったことは全てデマだと、
何度も何度も叫んでいた。
コイツは目の前に広がったマーブル模様を振り払うように、
洗面所へ閉じこもり、その壁を力いっぱい殴りつけた。
そこからは、腕が勝手に動いてしまうかのようだった。
何十発目を越えた時だったのか、「やめなよ!」「どうしたの!?」
ものすごく遠くから聴こえていた気がした声の主達が、
すぐ隣にいることに気付いた。
壁に血液が付着していることに気付こうと、
由樹が呼吸困難に陥ってることに気付こうと、
コイツはその腕を止めることができなかった。
駆け付けた教師達に両脇を抱えられ、別室へ連れて行かれた後も、
コイツは刃物をよこせと暴れ、自分の体中を引っ掻いた。

みんな敵に見えた。英治以外は、みんな。