2003年04月21日

善と悪 〜前編〜

この世に醜いものがなかったら、何も美しく映らなかったに違いない。

「それ自慢?」「カワイソ〜!(コイツに怒鳴られた相手の方が)」
「スカートん中に手ぇ入れられたりしちゃったの?」……
中1の時の一件を知らぬ友達のほとんどが、
余計に悲しくなるようなことしか言ってくれず、コイツは、
もう頼らないと心に誓ったはずの英治に、電話をかけずにはいられなかった。

「なんていう奴?」
「わかんない、1年ってことしか聞いてない」
「制服着てたんなら嘘かもよ?」
「あぁ…顔見れば分かる、背ぇ高めで…」
「どんくらい?」
「どんくらいだろ…170はあると思う。で、小太りで、天パ入ってて…」
「あぁ」
コイツが笑いながら話していても、英治の口調は、終始、真剣なままだった。

誰なのか突き止めることからだと思ったコイツは、
中学に入学して以来使わずにいた眼鏡をかけ、普段より地味な格好で登校した。
ソイツを捜す必要はなかった。ソイツは、コイツの行く先々に現われやがったのだ。
しかも、ソイツの着ていたジャージの色は、2年の物だった。
あれだけキツく言えば、反省しただろうと思いきや、ソイツは、
コイツに自分の存在を意識されだしたことを、喜んでいるかのようだった。
コイツは、仲の良かった女性教師に相談し、
2年のクラス写真を片っ端から調べ、ソイツの名前をメモった。
女性教師の話によると、ソイツは周囲に嫌われていながら、その自覚が乏しく、
そういう行動に出ても不思議じゃない存在だとのことだった。

体育祭の日も、コイツはソイツに付きまとわれ、競技どころではなかった。
傍にいた由樹が、泣いていたコイツの代わりに、
ソイツの名前とクラスが書かれたメモを、英治に渡してくれた。
その後英治は、コイツが座っていたベンチに座るなどして、
ソイツの動きを見張ってくれているようだった。

「メモ読んだ?」
「うん」
「ソイツのこと知ってる?」
「うん」
「すげぇ気持ち悪いよね。最近、夜眠れないし、食欲ないし、授業も出れてない」
「あぁ」
「でも、なんかこういうのも、自分のせいに思えてくる」
「……」
「アイツが悪いんだよねぇ」
「うん」
「生徒指導に言わなきゃ、
 アイツのこと呼び出してどうこうってことはできないらしいんだ」
「言っちまえ」
「んー…もうちょい様子見て…」
「いくら待ってもおんなじじゃん」
「あぁ…だって、それで違う形で後引きずるってことないかな」
「わかんない」
「そうなんないように、力貸してくれる?」
「え、言っていいの?」
「え、言ってくれんの? 言ってほしいよ」
「あ、そう? 会ったら言っとくよ」

それは二人にとって、当たり前のことではなかった。当たり前のことなんかでは。