2003年05月18日

模範

涙を流す度に、信じたいもののある自分に気付かされた。

「これ以上事を荒立てたいんであれば、オマエの両親にも報告しなきゃならないぞ?」
「ヤダ…それだけは絶対ヤダ」
「だろ? この時期に欠席が多いだけでも心配だろうに、そんなの聞いたらなぁ…」
あの日の会話が、何度も頭の中を過った。
コイツの母親は、コイツが知らないうちに、すでに学校に呼び出されていた。
修学旅行の一件の際、家庭に問題があるんじゃないかということでだ。
姉からその事実を聞かされたコイツは、
自分の部屋に戻った後、枕に顔を押し付けて泣いた。
手に取ったのは、刃物じゃなく、受話器だった。
由樹の声が、耳から心へと、滑らかに届いた。
コイツは、何よりも忘れたい過去を思い出させる存在だった母親に、
いつしか、強い嫌悪感を抱くようになっていた。
自ら死を選んでしまった母親のことさえ憎まずにいようとしていた由樹と話し、
そんな自分が、とても恥ずかしくなった。

昼休みに登校し、一時間は保健室、もう一時間ある場合は、
屋上に繋がる階段の踊り場で過ごす。それだけ。
文化祭終了後は、学校へ足を運んでも、そんな日が大半だった。
成長期だったにも拘らず、栄養補助食以外を口にするのは、週に一回程度。
家族にはダイエットだと言い張っていたが、
本当は、常に吐き気に襲われていたため、何も食べたくなかった。

 ほど良い光が射し込む、屋上に繋がる階段の踊り場。
 吐き捨てられた、味のなくなったガムみたいに、
 座り込んで、天井見上げて、目を閉じてみたら、
 瞬間の真っ白な世界が、浸透する安らぎに変わった。
 咳き込んで、視界に入った壁の落書き。
 あさる必要のないリュックから、ペンを取り出した。
 数日後、引き寄せられるように、再びそこへ行くと、
 とても暖かな言葉が書き足されていた。
 それが誰のものかより、新たな言葉を考えていた。
 また数日後、言葉は更に加えられていた。
 あの言葉たちを、すべて忘れてしまった今、
 それが誰のものだったのか、知りたくてたまらない。

卒業して何年も経った頃、突然、当時の担任から電話が来たことがあった。
コイツが元気でいるか、気になってしょうがなかったようで、
「いまだかつて、オマエほどの問題児には出会っとらんからな」と添えていた。
煙草やシンナーに手を出したり、椅子で窓ガラスを割りまくったりと、
荒れていた生徒なら他にもいたのだが、
当時のコイツの荒れ方は、彼らとは違い、群れないということが基本にあり、
好奇心や反抗心といった、思春期ならではの要素が薄く、
担任も、どうしたらいいのか解らなかったのかもしれない。
当時よく、「オマエその、〈私からしてみれば〉って口癖やめねぇか?」
と注意されたことを憶えている。
コイツはおそらく、人生15年目にして、
何もかも悟りきったかのような態度でいたのだろう。

そんな頃、そんな頃に出会ったのが、
野島伸司脚本による、『未成年』という連続ドラマ(TBS系)だった。
あの作品がコイツに与えた影響力たるや、
どんなアーティストの音楽をも凌ぐんじゃないかと思う。
とにかく、登場人物それぞれの感情に、言葉に、
どうしようもなく共鳴させられ、泣かずにいられる回がなかった。
また、コイツは中2の頃から、野島さんと、プロデューサーである伊藤一尋さんに、
こんなドラマをやってほしい!と、ちょくちょく手紙を出していた。
実際にそれを参考にしてくれたわけではないとしても、
「あの人出してって書いたよね!?」「あの設定まんまじゃない!?」などと、
その手紙の内容を明かしてあった博美達と騒げたくらい、
待ち望んでいたものと合致する点の多い作品でもあった。
観たことがないという人には、是非とも観てもらいたい。
ここまでの話をずっと読んできた人ならば、
あの作品がコイツの胸を打った理由が、ものすごくよく解るはずである。
その主題歌であったカーペンターズの
『青春の輝き〜I NEED TO BE IN LOVE〜』の歌詞は、こう始まっている。

 私がやってきたことで 一番難しかったのは 信じ続けること
 このクレイジーな世界のどこかに 私を愛してくれる人が きっといると