それは、最初で最後の純愛だった。
「合格おめでとう」
「どうも」
「あのさぁ、かなり前なんだけど…」
「ボタン?」
「憶えてた?」
「うん」
「オマエ、さつきちゃん(仮名)て知ってる?」
「うん」
「あの人のことが好き?」
「なんで?(笑)」
「や、彼女の話によると、英治は自分に気があるって…」
「ないって言っといて」
「かわいいじゃん彼女」
「べつに…」
「彼女にボタン欲しいって言われたらどうする?」
「言われねぇよ(笑)」
「や、もしもの話!」
「それは予約…」
「早いモン勝ち?」
「……」
およそ5ヶ月ぶりの電話だったものの、二人の声は、あからさまに弾んでいた。
くだらない話ばかりで、あっという間に1時間が過ぎた。
コイツは電話を切るまで、英治が無口な人であることを忘れていた。
その英治に会えなくなる日々が、間近に迫っていることも。
そして迎えた卒業式。
コイツは、片手じゃ持ちきれぬ花束を抱え、号泣する後輩達に囲まれても、
どこか上の空で、目頭が熱くなることすらなかった。
3年間、ドラマチックな出来事が目白押しだったはずなのに、
その時は、何も思い出せなかった。
ただ、もう通わなくて良くなる校舎が、やけに小さく見えた。
その日の夜、コイツと英治は、春休みに会う約束をした。
面と向かって話をするなんて、対立していた中2の頃以来だった。
痛いくらい高鳴る胸をどうすることもできないまま、その日は来た。
「はい」
中学の裏門へと伸びる階段の脇で、英治が手を差し出した。
想像していたよりも、ボタンは軽かった。
「ホントにいいの? 後悔しない?」
迷わず頷く英治。その後は互いに、どうでもいいような話を切り出しては、
黙り込んでしまうばかりだった。
「なんか他に話すことないの?」
痺れを切らしたように、英治が言った。
「え……や……いっぱいあるんだけど、
まぁ、全部ひっくるめて言うなら……ありがとう。
ホント、色々すいませんでした」
ぺこりと頭を下げたコイツを見て、英治が微笑んだ。
大好きな人が、目の前で微笑んでくれた。それほど嬉しい瞬間はなかった。
もう充分だった。それだけで充分だった。
「こんな私でも、今はホントに、生きてて良かったって思えるから…」
コイツの涙ぐんだ眼が、寂しさを訴えているように映ったのか、
英治は、「またいつでも会えるよ」と言いだした。
「いつでも電話していいから」
「…いいの?」
迷わず頷く英治。
「ツラくなったら、また頼りにしてもいいの?」
迷わず頷く英治。
「ホントに? 絶対? 信じちゃうよ?」
迷わず頷く英治。
コイツは正直、戸惑った。
「あ、握手して」
「あぁ…」
コイツの手を握った英治は、「冷たいねぇ!」と驚いた。
「暇な時でも、また電話して」
「うん。なんか、やっとまともに顔見れたね(笑)」
笑顔で頷く英治。
「じゃ、バイバイ」
「じゃぁね」
しばらく歩いてから振り返ると、英治は、立ち止まって見送ってくれていた。
それは、最初で最後の純愛だった。
2003年06月08日
卒業
posted by コイツ at 00:00| U-16【回顧録】2002年12月〜2003年06月に連載。
