2003年06月08日

卒業

それは、最初で最後の純愛だった。

「合格おめでとう」
「どうも」
「あのさぁ、かなり前なんだけど…」
「ボタン?」
「憶えてた?」
「うん」
「オマエ、さつきちゃん(仮名)て知ってる?」
「うん」
「あの人のことが好き?」
「なんで?(笑)」
「や、彼女の話によると、英治は自分に気があるって…」
「ないって言っといて」
「かわいいじゃん彼女」
「べつに…」
「彼女にボタン欲しいって言われたらどうする?」
「言われねぇよ(笑)」
「や、もしもの話!」
「それは予約…」
「早いモン勝ち?」
「……」

およそ5ヶ月ぶりの電話だったものの、二人の声は、あからさまに弾んでいた。
くだらない話ばかりで、あっという間に1時間が過ぎた。
コイツは電話を切るまで、英治が無口な人であることを忘れていた。
その英治に会えなくなる日々が、間近に迫っていることも。

そして迎えた卒業式。
コイツは、片手じゃ持ちきれぬ花束を抱え、号泣する後輩達に囲まれても、
どこか上の空で、目頭が熱くなることすらなかった。
3年間、ドラマチックな出来事が目白押しだったはずなのに、
その時は、何も思い出せなかった。
ただ、もう通わなくて良くなる校舎が、やけに小さく見えた。

その日の夜、コイツと英治は、春休みに会う約束をした。
面と向かって話をするなんて、対立していた中2の頃以来だった。
痛いくらい高鳴る胸をどうすることもできないまま、その日は来た。

「はい」
中学の裏門へと伸びる階段の脇で、英治が手を差し出した。
想像していたよりも、ボタンは軽かった。
「ホントにいいの? 後悔しない?」
迷わず頷く英治。その後は互いに、どうでもいいような話を切り出しては、
黙り込んでしまうばかりだった。

「なんか他に話すことないの?」 
痺れを切らしたように、英治が言った。
「え……や……いっぱいあるんだけど、
 まぁ、全部ひっくるめて言うなら……ありがとう。
 ホント、色々すいませんでした」
ぺこりと頭を下げたコイツを見て、英治が微笑んだ。
大好きな人が、目の前で微笑んでくれた。それほど嬉しい瞬間はなかった。
もう充分だった。それだけで充分だった。
「こんな私でも、今はホントに、生きてて良かったって思えるから…」
コイツの涙ぐんだ眼が、寂しさを訴えているように映ったのか、
英治は、「またいつでも会えるよ」と言いだした。

「いつでも電話していいから」
「…いいの?」
迷わず頷く英治。
「ツラくなったら、また頼りにしてもいいの?」
迷わず頷く英治。
「ホントに? 絶対? 信じちゃうよ?」
迷わず頷く英治。
コイツは正直、戸惑った。

「あ、握手して」
「あぁ…」
コイツの手を握った英治は、「冷たいねぇ!」と驚いた。

「暇な時でも、また電話して」
「うん。なんか、やっとまともに顔見れたね(笑)」
笑顔で頷く英治。
「じゃ、バイバイ」
「じゃぁね」
しばらく歩いてから振り返ると、英治は、立ち止まって見送ってくれていた。

それは、最初で最後の純愛だった。