半年間、家からほとんど出なかった。
春休みが明けても、友達や後輩からの電話や手紙が途絶えることはなく、
同性も含めた数人から、ずっと好きだったと告白されたりもした。
が、かつての仲間の中には、入学した高校で、
「うちの学校には精神異常者がいた」だの、
「私が登校拒否にさせちゃった子がいた」だの、
無茶苦茶なことを言いふらしていた奴もいた。
コイツは、卒業アルバムの集合写真に、反感を買うのも覚悟の上で、
あの百合子と手を繋いで写り、二人の和解を証明した。
彼女らは、案の定、そのことに腹を立て、
裏切り者だの何だのと、陰口を叩きまくっていた。
しかし、卒業式の日、こそこそと百合子に握手を求めていた彼女らの姿を、
コイツはこの目で見た。
あらゆる騒動を傍観してきた寿明は、コイツのことを、
学年一の嫌われ者だったんじゃないかと笑った。
誰にも嫌われたくないがために、周囲に同調してばかりいる奴らよりは、
遥かにマシだと思った。
同じ名前の歌手がデビューした際、
それがコイツだという噂を真に受けた佳奈は、別人であることを伝えると、
「なんだ、良かった。私、あんたが幸せになるのだけは許せないから」と、
冷たい口調で言い切った。
コイツが一学年下の男子に付きまとわれていた時、
正門で待ち伏せるソイツとコイツが遭遇してしまわぬよう、
ゲタ箱からコイツの靴を持って来てくれたりしたのは、佳奈だった。
卒業式の日、一緒に登校しようと誘ってくれたのも、佳奈だった。
それらの記憶が、急速にぼやけて行った。
「あんたなんかと一緒にいるんじゃなかった。
あんたのせいで、私の中学時代は最悪だった」
堰を切ったように、佳奈は話しだした。
佳奈は中2の頃、英治だけでなく、百合子とも同じクラスだった。
仲間の中で、ただ一人。
コイツの味方でいなければ、仲間から酷い仕打ちを受ける。
でも、コイツの味方でいれば、教室に居づらくなってしまう。
その葛藤は半端じゃなく、人知れず、苦しみ続けていたのだという。
佳奈は、コイツの短所や欠点を鋭く突き、嫌いだ嫌いだと言いながらも、
ずっと親友でいてくれた、貴重な存在だった。
小学校高学年の頃から、交換日記を付け、おそろいのバッグを持ち、
似たような悩みを打ち明け合っては、共に泣き、笑い、励まし合ってきた二人は、
中学に上がり、同じバスケ部に入った。
が、メキメキと上達して行く佳奈の横で、精神的ストレスから、
過呼吸発作とやらを繰り返していたコイツは、リタイアせざるを得なくなった。
コイツは、佳奈に激しく嫉妬した。何か別のことで、佳奈の上に立ちたかった。
そして、英治にも、百合子達にも、佳奈を疎むよう仕向けたのだ。
劣等感を隠し、自らを正当化するかのごとく。
あの頃、苦しみを覚えていたのは、コイツだけじゃなかった。コイツだけなんかじゃ。
中学卒業後、初めて書いたのは、『あすへの助走』という曲だった。
明るい日になるとは限らない、明らかになる日とは限らない、
それでも、“あす”という日を迎えたかった。
2005年08月01日
謹慎
posted by コイツ at 00:00| U-17【回顧録】2005年08〜11月に連載。
