喜びを教えてくれる存在は、悲しみも教えうる存在だった。
英治には、高校に入学して間もなく、彼女ができた。
英治が一目惚れし、英治から交際を申し込んだ。
中学の頃以上にモテまくっているという噂は耳にしていたし、
然して驚くことではなかった。
ただ、コイツは英治に、「彼女ができたら、もう連絡しない」と告げてあった。
英治の彼女になる人に、嫉妬せずにいられる自信がなかった。
それによって、また突き放されてしまうことが怖かった。
何も知らなかったとは言え、
レイプされかかっていた女性のことを笑い話にした百合子を愛し、守り抜き、
コイツのことを「何なの?」と睨み付けた、あの時の英治の眼は、
コイツの脳裏に、しっかりと焼き付いてしまっていた。
嬉しさや楽しさは、すぐに忘れてしまう。
きっと、不満や渇望こそが、生命力を育んでくれる物だからだろう。
一方、心の傷は、同じことを繰り返させぬためか、
何度でも、そこにあることを叫びだす。
自業自得ながら、傷だらけになったコイツには、
度を超えた警戒心が宿るようになった。
それを打ち砕くことができたのは、「自分は守ってやる価値などない人間」、
「自分は傷つけられて当然の人間」などといった、卑屈な観念のみだった。
そして、自分で自分の腕を切りつけたりしては、それを実証したつもりになった。
英治は、そんなコイツを、別格の存在として大切にしようとしてくれていた。
怯え続けるコイツのことなど理解できるわけもなく、ただ、改めて、
変わらずにいることを誓ってくれた。二人の関係は、壊れずに済んだ。
共に音楽が好きだった英治と寿明は、一緒にバンドを組もうとしていた。
コイツが音楽と真剣に向き合いだせたのは、
英治が中学時代からプロのミュージシャンを志していたからでもある。
コイツが英治に思いを寄せていることを知っていた寿明は、
英治が傍にいる時に、コイツに電話をよこし、二人に話をさせてくれたりした。
寿明は二人にとって、掛け橋のような存在だった。
自宅に引きこもっている間、
コイツは毎日のように文章を書きまくった。書かずにはいられなかった。
[墓地]に載せてきた散文の多くは、この頃(15〜16歳)に書いた物だ。
こんなにも当時のことを詳しく書けるのは、当時の日記が残っていたからでもある。
冷静さに欠け、血まみれのページまであるそれは、
とても他人に見せたくなるような物ではない。
やがて夏が来て、誰と誰がヤッただの、
性に関する話を聞かされることが急増した時には、
のたうち回るほどの苦しみを覚えた。
みんな大好きな友達だったし、毎日誰かしらから電話が来ることは嬉しかった。
過去を明かせずにいたのは、自分自身だ。憎むことができない分、本当に苦しかった。
いわゆるコギャル・ブーム真っ只中、援助交際を始めた子の話にもなり、
「私、好きじゃない人となんて、絶対にできない」
そんな友人の言葉に、胸が引き裂かれるような気持ちになった。
コイツだって、選びたかった。好きな人に抱かれたかった。
初めてSEXをする相手は、好きな人が良かった。
ナイフ片手に、自分を殴りつけ、挙げ句の果てには首を絞めて殺そうとする、
どこの誰かも分からない相手となんか、したくなかった。
どうしようもない疎外感や孤独感が、胸の中を占拠した。
そんな時、英治から電話が来た。
「こないだ、あんまり話せなかったから…」
英治の方からかけてくるなんて、とても珍しいことだった。
その前に話した時、コイツに元気がなかったため、少し心配していたようだった。
SEXどころか、会うことすらできずにいても、そこには確かに、癒される自分がいた。
英治を好きで良かったと、心から思った。
母親に勧められ、都内の音楽専修学校でヴォイス・トレーニングを始め、
強く生きて行く意志を固めた秋、寿明から電話が来た。
その声は、いつになく神妙だった。
「落ち着いて聞いてね」
「何…」
それはまるで、ドラマの1シーンのようで、コイツは思わず、笑いだしそうになった。
「英治が事故った」
「え?」
「バイクで事故った」
「え……命は? 命は大丈夫なんでしょ?」
「わかんない。今、面会謝絶なんだ。まだ家族の人も会えてなくて…」
「ウソ…」
口元は笑えているのに、両目からは、止めどなく涙が溢れていた。
2005年09月01日
遠隔
posted by コイツ at 00:00| U-17【回顧録】2005年08〜11月に連載。
