2005年11月01日

使命

『Lonely Birthday』の採用以来、有線の番組には常連となったものの、
メロディーセンスやアレンジ力、声質が高く評価されていた一方で、
歌詞だけは、腹立たしくなるようなアドバイスをもらい続けた。

「背伸びしないで、もっと10代の女の子らしい、等身大の詞を書いてほしい」

自分の存在そのものを否定されたような気分だった。
当時、10代の女の子の気持ちを代弁しているかのように扱われていたのは、
30代40代の男性が歌詞を手掛けているアーティストだった。
あれこそが、想像の世界、上っ面の世界に過ぎないと思った。
いつも元気で明るい子も、コギャル・ファッションに身を包み遊び回っていた子も、
コイツには、「死にたい」「助けて」などと、涙ながらに訴えていた。
そしてその子達は皆、コイツの言葉を頼りにしてくれた。
コイツは、自分が書いてきたようなことも、
10代のリアルな心情であることを、知ってほしくてたまらなかった。
だから今でも、それぞれの思いが生まれた年齢を、いちいち記していたりする。

ちなみに、同番組で、「これぞ17歳らしい作品」などと絶賛されたのは、
14歳の頃に書いた、『探照灯』という曲だった。
数年後には、『NEGATIVE LOVE』という曲が、月間グランプリを獲得。
年間グランプリにもノミネートされた。
自分には才能があると思い込んだ。そう思い込むことで、
崩れ去ったものを思い出しても、神様を恨まないようにした。

1997年、あの事件が起こった。神戸連続児童殺傷事件だ。
犯人は、当時14歳。「日本中が震撼」「誰もが驚愕」……
マスコミは連日、騒ぎに騒いだ。彼の期待に応えるかのように。
本気で悲しんでる人なんて、そういない。本気で怖がってる人だって、そういない。
どこかで楽しんでるように映る人だらけだった。
コイツは知っていた。被害者の立場も、加害者の立場も。
決して、他人事ではなかった。この頃、『境界線』という曲が生まれた。
また、書きためていた散文の一部をまとめ、『少年B』という名の作品にした。

マイナスとされる感情にも、生まれて来た意味を与えてやるかのごとく、
コイツは書き続けた。自分を肯定したかった。世界を肯定したかった。
世界の縮図が自分の中にあると気付いた時、
犯罪も、戦争も、無くなりっこないものだと悟った。
それによって傷つき、痛みを覚える心も。

不愉快だと感じることは、よくある。でも、それを不自然なことだとは思わない。
いつだって不安だ。でも、それを不幸なことだとは思わない。

ドラマチックな出来事は続いた。
テープを聴いてもらっていた友達の一人から、ある日、数冊のノートを預けられた。
そこには、その子自身が綴った詩や散文が記されていた。
コイツはその内容から、すぐに察した。彼女には、レイプされた過去があると。
彼女もきっと、コイツの作品に触れ、それを感じ取らずにはいられなかったのだろう。
彼女が襲われたのは、コイツが襲われた、およそ一年後のことだった。
手口も場所も、ほぼ同じ。犯人は、同一人物である可能性が高かった。
コイツはまた、自分を憎んだ。
コイツが訴えるなり、殺されるなりしていれば、もっと大きな事件となり、
犯人を逃がさずに済んだかもしれない。彼女は被害に遭わずに済んだかもしれない。
ひたすら自分を責めた。
彼女はそのことを、警察沙汰にはしなかった。
事件当日も、何事もなかったかのように振る舞い、
母親から帰りが遅くなったことで怒鳴りつけられても、じっと耐え抜いた。
ただ、数日後、ひっそりと、生理が来たことに胸を撫で下ろした。
彼女は、誰にも苦しみを明かさずにいた。明かせずにいた。
独りきりで闘っていたのだ。ずっと。
コイツは、その闘いの記録を手に、声を上げて泣いた。
どうして気付いてあげられなかったのか。
自分なら、その心中を解ってあげられたはずなのに、どうして…
コイツは急に、恐ろしくなった。ひょっとしたら、知らずにいるだけで、
彼女のような子は、ものすごく沢山いるんじゃないか。
そのことにホッとなどしなかった。
その苦悩や葛藤が、こうして平然と見過ごされているのだ。
コイツは、何としても、自分の思いを世に放たねばと思った。
ありのまま、書くこと、歌うことによって。